歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

ネットワークビジネス

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 これはまだ人々が集会を楽しんでいた頃のお話です

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マチコが「タメになる」講演会があると言って、

クミコとたまを誘った。

クミコはこの前「医療・宗教・超常現象会議」で

危うく冥土星人にされそうになったし、

たまも、「ヒーリングセミナー」なるもので、

いきなりイルカに変身した精神科医

「ハグしましょう」と迫られたし、

マチコの「タメになる」情報は、どうも怪しい。

 

「今度こそ、きっといいわよ。

 人と環境にいい製品を売って、

 億万長者になった人の話しなの。

 帰りには、製品のお試しをした人に

 一万円相当のサンプルもくれるそうよ」

「行こ!」クミコがそそくさと準備を始めた。

 

十五分前に到着したが、

500名収容の会場は ほぼ満杯状態。

人いきれでムンムンしていた。

マチコとクミコはさっそく

サンプルコーナーの製品を見に行ったが、

人込みが苦手なたまは、涼もうと建物の外へ出た。

 

ぷらぷらしていると、暗闇にポッチリ明かりが見えた。

「あれ? ホタルかや?」

近づくと、茂みの影でタバコを吸ってた女の人が、

慌てて火を消した。

「あ、あなた、お掃除の方? 

 植木の間、ゴミ溜まってたわよ」

年老いた顔で上から言われて、たまは つい 

「はい。すみません」と謝った。

 

さっきまで背中丸めて座っていたのに、

立ち去る時は、颯爽(さっそう)としていた。

外灯に照らされた高級そうなスーツは、

薄紫に輝いていた。

「だいぶ苦労しはったんやろな」たまは、

深く刻まれた皺に敬意を表した。

 

クミコに呼ばれて中に入ると、

華々しいセレモニーが繰り広げられていた。

楽器演奏やダンスの前座があり、会社紹介、

製品説明、使用者の体験談。

そして いよいよ メインゲストの登場となった。

会場が暗くなり、天井中央から

ミラーボールが煌(きら)びやかに降りてきた。

幻想的に彩(いろど)られたドライアイスの霧が晴れると、

背の高い女の人が立っていた。

「ほ~~~」。満面に笑みを湛(たた)えた 

美しい顔立ちに、誰もが溜息を漏らした。

 

ただ一人、たまだけが 不可解な表情で見入っていた。

「あれ? あの人? あの髪型、あの薄紫のスーツ・・・あれ? あっれ~??」

 

普通の主婦だった彼女が この会社と出会い、

その理念に感動したこと。

健康的な生活とは何か、自分から始まって、地域、

社会、地球環境に至(いたる)までグローバルな視点で、

本当に人類と社会に貢献する道を知ったこと・・・・等々。

前置きが終わると、

いかにして億万長者になったかの本論。

夢見心地で聞いていた聴衆が、

急に真顔になって ぐっと前へ乗り出した。

 

あれやこれやの販売体験談の後、豪華なマンション、

別荘、ヨット、海外旅行などの

リッチ生活の様子。 

そして最後は 事も無げにこう締めくくった。

「素晴らしい会社と製品に感動して、

それをお友だちに伝えてきただけなんです。

そのお友だちがお友だちに伝えて・・・結果として、

私も地球も豊かになっていったのです。

皆さんにもきっと出来ます。

なんの取り柄もなかった私にも出来たのですから。

来年の今頃は 皆さんのうちのお一人が、この壇上で、

私のように 喜びの報告を きっとなさることでしょう」

地球のことなど、このさいどうでも良かった。 

多くの人々が それぞれ 壇上でライトを浴びる

「豊かな」自分の姿を思い描きながら、

欲望の渦の中、講演会は幕を閉じた。

 

マチコは、知り合いの会員と話し込み、

製品お試しコーナーでは、

クミコがサプライズ・パックをしてもらっていた。

効果をはっきりさせるために、

顔の片側だけパックして、乾いた後、洗い流した。

タオルで拭いて、取り囲む人々に顔を見せると

「おお~~!」と、どよめきが起こった。

パックをした側は、ツルンツルンにつり上がって、

してない側がたるんでいる。

「ほ~ら、皆さん。一目瞭然でしょう? 

90歳のお婆さんが、これを毎日のように使って、

若いボーイフレンドができたって

お話しがあるくらいなんですから」

 

それまで、ぼ~っと突っ立ってた たまが、

突然人込みをかき分けて 聞いた。

「あの、これは、このパックは、

何分くらいで仕上がるんですか?」

「え? ほんの数分ですよ。

出がけにやればツルンツルン」

こ、これや、これだったんや!

しわくちゃ婆さんの変身を、目の当たりにした 

たまであった。

 

「あの、あと半分は? 

ねえ、私の顔の半分はどうなるの?」

片付けに入ったデモンストレーターに、

ピカソの絵のような顔になったクミコが 

食い下がっていた。

 

 

 

***「集まってはいけない」と言われると、

集まってた時のことを思い出してしまうんですねぇ。

またみんなで一緒に

ワイワイできる日が来ることを祈りつつ***