本物に触れる
子どもの今を生ききらせるために、
より良い環境を整えてやろうと、
保育士と父母が一体となって、
山の斜面を切り開いて建てた保育園がある。
そこではすべて陶器の食器を使っていた。
食器は割れる物だと知っているから、
幼い子どもたちでさえ慎重に扱う。
子どもが口に入れるオモチャも木や布でできた物。
歯科的には、
檜には虫歯を防ぐ成分があるとされているし、
白樺の樹皮からは今はやりのキシリトールが採れる。
プラスチック等の石油製品を
舐めさせるよりよっぽどいい。
冬には薪を拾ってストーブにくべる。
羊を飼って毛を紡ぐ。
自分たちで育てた野菜をいただく。
自然の中で生き、生かされている。
生活の実感、というものを味わうことが出来た。
本物に触れさせたい。
その一心で、わずか40世帯の在園児の家族が
田舎町に一流の芸術家を呼んだ。
日本のチェロの草分けとも言われる井上頼豊。
国立モスクワ合唱団など。
彼らは人格も一流で、小さな保育園を訪ねたり、
子どもたちのために特別コンサートを
開いてくれたりした。 その時の感動!
障害児を含む園児たちでありながら、
会場は水を打ったように静まりかえっていたのだ。
まるで幼い魂が演奏に吸い込まれていくように――。
子どもたちは本物を知っている。
その感性の素晴らしさに親たちは改めて驚いた。
「おんにょろ盛衰記」。
実に優しく気持ちのいい方たちであった。
その年12月、宇野さんは癌で他界され、
図らずも最期の公演となってしまった。