歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

「こたえない」という親切

f:id:tamacafe:20210222151425j:plain人と会ったら、どうやって楽しませようかというのが、

癖になっていた。

皆が仲良くやっているなら、

本来の静かな自分でいられるのだが、

輪の中にどうしても とけ込めない人がいると、

その人がくつろげるように何かと世話を焼く。

 

自分でも驚いたことに、外国人と一緒にいても、

英語の話せる日本人がいると、

まるっきししゃべれないのに、通訳が誰もいなければ、

なんとかしゃべって その場を盛り上げようとする。

 

 

十二年ぶりに 友だちのシュウに会うという日、

私は 面白グッズを用意していた。

プラスチックの でっかい真っ赤な唇。  

仕掛けはソバ屋でやった。

ソバの汁をすすろうとして「あちっ!」と

派手なリアクションをし、唇に手を当てる。

まわりの人が「大丈夫?」と

心配するだけの間をとって、手を離すと――。

 

唇に手を当てると同時にすばやく くわえていた

真っ赤な唇を見て、皆ギョッ!とする。

やけどで爛(ただ)れたかと思うのだ。 

もちろん、すぐに正体がばれて、後は「もうー!!」

とか言いながら、大爆笑となる。 

その日も、もちろんそうなった――シュウ以外は。

 

彼女は、まったく「無反応」だった。

 

後日、メールのやりとりで その件に触れると、

「あのな・・・ほんまにアホとちゃうか? 

昔、演劇部やったかしれんけど、

何で人との付き合いに演出がいるねん! 

余興の席ならいいけど、久しぶりに会ったあの席で 

道具は使って欲しくなかったな。 

人が喜ぶから、解(ほぐ)れるから・・・と

言っていたけど、それが一番必要なのは あなただよ。 それを感じた時、相手に笑いの後 

淋しさを感じさせるということ、あえて私は 

はっきり言います。 本当の勇気づけって、

正面から向き合うことですよ。 

面白い人と、面白いことをする人は違うよ。

もしかすると、とても厳しい言葉かもしれないけど、

私は本心で話したいから。

でも、会えてよかった。 昔のでもなく、

いつも今のあなたと付き合いたいからね」

 

実際、その時の私は最悪だった。

他の人には知られないようにしていたが、

パニック症状を起こして、

ほとんど引きこもりの状態だった。

そんな私の茶番劇にあえて

「こたえない」ことによって、

シュウは「そのままのあなたでいい」と

無言の意思表示をしてくれたのだ。