歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

内観道場

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クミコとマチコが内観道場なるものに行った。

「五万円、五万円・・・ああ・・・五万円」と、

クミコはブチブチ言っている。

 

見たところ、ごく普通の木造立て平屋。  

厳(おごそ)かな雰囲気もない。

ガラガラと格子戸を開けると、もうすでに数人が 

上がり框(かまち)に腰掛けて、

受付順を待っている。

あせた藍(あい)色の作務衣(さむえ)を着、

牛乳瓶底メガネを掛けた

三十くらいの太っちょ兄さんが、

「はい、お次の方どうぞ」と呼んでいる。

 

「え? あれが、道場の人?」 

三日間断食内観コース――体も心もスマートに。

という謳(うた)い文句につられてやってきた

マチコがつぶやいた。

「だっから、言ったじゃん。五万円の効果ないよ」と、

クミコ。

「ここまで来たらやるっきゃない」とマチコ。 

支払いをすませると、大広間に通された。 

 

スタッフは全員作務衣。 

係の人が、コースの説明をする。

五時起床。朝と夕方、割り当てられた掃除をする時と 

食事以外は 九時消灯までひたすら内観。

断食とはいっても、一日三食、重湯(おもゆ)と梅干し、

お茶がもらえる。 

三日目は、おかずも付くということである。

 

コース初めは道場主の訓辞。 

額(ひたい)の脂(あぶら)ぎった、

六、七十くらいの おっさんである。

「私は、今まで、沢山の人々を救ってきました

・・・この日本は・・・」

人々の手に負えない若者を引き取って、

畑仕事をさせながら更正していったこと、

あれやった、これやった。しかじかの賞をもらった。

 

「はは~、はは~」とやたら感心する 

おばさんもいたが、二十名の参加者のうち、

無理矢理引っ張ってこられたような若者、

人類救済より体重減少に興味のあるマチコ、

大半の者は、二時間余りの自慢話に

痺(しび)れをきらしていた。

 

やっと終わって食事時。

三口で重湯をすすり、梅干しをしゃぶりながら、

「三日目におかず、三日目におかず・・・」

とクミコがつぶやいた。

 

内観は個室でやる、とは言っても 

畳み半畳ほどの箱の中。横にもなれない。

よぽどのことでない限り、トイレにも行かず、

午前午後 四時間ずつ入る。

 

神妙にしていられるのは最初の二十分ほど。 

後は妄想と退屈と眠気との戦い。

「五万円で温泉へ行けたのに・・・

おっと、いけない、思考を追い払わねば

・・・春物スーツだって買えたのに・・・

いかん、無の境地、無の境地・・・

靴とバッグもセットで・・・

だめだ、空、くう、食う? ぐ~・・・」

てのがクミコ。

・・・ ・・・ ・・・ バコン! 

「あ、痛っ! いつのまにか寝てしまった。

内観 内観・・・くぅ~くぅ~」がマチコ。

 

これを機に、閉所恐怖症になってしまうのではないか 

と心配しだした頃に解放。

大広間の掃除を終えて、

ゴミを捨てに行ったクミコは、

焼却炉の横で煙に紛れて

タバコを吸っている太っちょ兄さんを見た。

 

マチコはトイレ担当。

「ほら、あんたはも~、だらしないんだから。 

さっさとやんなさいよ!」

仲の悪い親子がいた。娘はふてくされ、

母親は口ばっかりでちっとも働かない。

 

その母親は、さっき道場主の自慢話に

しきりと相づちを打っていたおばさんだ。

寝る時間になると、そのおばさんは 

満面の笑みを浮かべ、

参加者にこの道場の宣伝をしまくっていた。

 

「ここの先生方には

どんなにお世話になったことか・・・

娘もずいぶん変わったんですよ」

あの娘が? と見ると、さっきとはうって変わって、

しとやかな雰囲気。

「わたくしね、ここに通うようになってから、

金粉(きんぷん)が出るんですよ」

「え? 金粉!? ど、どこに? 

どこで取れるんですか?」

五万円を取り戻したいクミコが身を乗り出した。

 

「手のひらです。 額(ひたい)にも。 

朝起きたら、枕元に金粉が散らばってることも

あるんですよ。 御利益でしょうねぇ。 

心が輝いてきた証拠だって、先生方は

おっしゃってくださるんですけどねぇ、おっほほほ」

金粉というより、肉を包んだ後の

アルミホイルが出てきそうで、

クミコはそれ以上突っ込むのをやめた。

 

「輝く心」だって? 掃除の時の態度は何よ――と、

マチコは思った。

「どれくらい、通ってらっしゃるんですか?」と、

誰かが聞いた。

「もう、かれこれ五年目です」と、おばさん。

 

五年も通って、その程度かよ! 

その親子と二日いただけで、精神修養はままならぬ

という思いが皆のうちによぎった。

そうこうしてるうちに、三日目。 

念願のおかず付き昼食。

「尾頭付き」のししゃも一尾。 

沢庵(たくあん)、昆布と野菜の煮物。梅干し。玄米。

「この玄米は、皆さんの胃に優しいように、

四時間かけて炒ったものを炊いたのです。 

この野菜は、すべて無農薬で・・・」

太っちょ兄さんの、有り難くいただけ、

と言わんばかりの口ぶりに、

クミコは「タバコ吸って、健康食はないよね」

とマチコに耳打ちした。

 

 

あ~~~~~! 今日は、オチがねぇ~~~~! 誰か~、オチくれ~~~~!

おちゃらか おちゃらか おちないほい!