歌う珈琲屋さん

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祈り

稲葉耶季(いなば・やすえ)さんとは 

瞑想会でお会いしました。

小柄でしたが 優しいながらも目力のある方だな

という印象がありました。

 

1995年 那覇地裁の民事部裁判長として

海上自衛隊の対潜水艦作戦センターの

情報公開を巡り、国と那覇市

全面対決となった訴訟で

那覇市全面勝訴判決を下した(最高裁で確定)。

 

96年には不法占拠状態となった

読谷村の楚辺通信所(通称・象のオリ)への

立ち入り問題の審尋を担当。

和解成立で

地主の知花昌一さんの立ち入りが実現した。
 

那覇地裁から横浜地裁に異動後に退官し、

99年から琉球大学教授。

2006年に簡易裁判所上席判事となり

12年退官。

この間、インド、ネパールに

「ヒマラヤ稲葉学校」を設立する

運動を展開した。

 

弁護士となった後は臨済宗僧侶となり

「断食瞑想会」を主宰。

「食べない、死なない、争わない」(15年)

を出版するなど、断食瞑想の普及に努めた。

人権活動家。(2018年1月20日 琉球新報記事より)

 

稲葉さんは ご自分の死期を悟られた時 

初めて 自分のために真剣に祈ったと 

彼女と最期までご一緒した友人から聞きました。

 

裁判官から僧侶となられて 

人の為には沢山の祈りを捧げてきたであろう方が 

最後の最後に 自分のために祈り 

そして それが 本当に素晴らしい体験であった

とおっしゃったそうです。

 

あらためて 祈りの大切さ 奥深さを知ったと。

言葉を落とす

真実は 言葉では 語り得ない。 

語り得ぬものを 語らねばならぬもどかしさ。

 

言葉は方便に過ぎず 単なる道具に他ならない。

だから 言葉に 捕らわれてはならぬ。 

言葉を真実と見紛うてはならぬ。 

 

概念の違い。 

「父親」という言葉一つをとっても

ある者には「大いなる包容力」であり

また ある者には「権力 冷酷」

という意味であったりする。

 

存在拘束性。 

人は自らの生い立ち 社会 文化 環境に縛られ

そのフィルターを通して物を見るが故に

意思の疎通は難しい。

 

されど 言葉は 種となりうる。

茨に阻まれて 枯れる物もあろう。 

しかし 豊かな土壌で根付く物もあり

時宜を得て実を結ぶ。

 

月と それを指し示す 指は違う。 

言葉は 指だ。 

自ら月を観る者に 指は無用となる。

 

わしゃ しばらく ただ 月を観ていよう。

そなたも ここで 涼むか?

あ! こらっ! バッチィ! 

誰がそのまま来いっつうた! 

そこの「沈黙の泉」で 体清めて来い!

口喧嘩

「昨日は 言い過ぎたわ ごめんなさい」と 

クミコが 彼氏に謝った。

 

彼氏は「いいよ。 気にしてないから」

 

すると クミコ

「ちっとは気にしてよ! 

 だいたい あなたには 気遣いってものがーー」

 

あ~あ また 始まっちゃった。

 

 

 

おちゃらか おちゃらか おちゃらかほい♪

その一言に ご注意 の・ほい♪

自分で気づく

やっぱ 言われると きついよ

 

言う方も いやだろうし

 

だから 自分で 気づくのが

 

だんぜんいいよ

 

 

 

「言いたかないけどさ」ってよく聞くけど 

わたしは ほんとに言いたくなければ 

言わないでおこうと思います。

勇気

平気だ ってわけじゃない

 

こわくても  

 

ふみとどまったり

 

すこしでも 

 

やろうとするのが

 

勇気なんだ

 

 

わたしは ビビり屋です。 

沿道に向かって止めてあった新古車の

白いラパンショコラに一目ぼれして

購入したのはいいのですが 

ディーラーで鍵を渡され「どうぞ」と

言われた時に

 

「え?!わたしが?! 運転して帰るの?!」と 

まじで ビビりました。

 

わたしの自宅まで届けてくれるものと 

愚かにも思い込んでいたのです。

それから ゆっくり練習して・・・なんて。

なにせ車の運転が大の苦手なのです。

 

そんなわたしが 娘の出産手伝いに行った時 

娘の夫くんは長期出張で居ず 二歳の孫の

保育園の送迎をする羽目になったのです。

 

車はなんとデッカなエクストレールです!!

夫くんが出張前に

何度か練習させてくれたのですが 

わたしの これまでの生涯の中でも 

一二を争う 心臓バクバクの経験でした。

知らずに落としてしまう

Aさんはこの真新しい家ができるまでは、

一人暮らしをしていた。

しかし、だんだん弱ってきたので、

家を建て直し、

息子一家と同居することになった。

 

Aさんの部屋は二階にあるが、トイレや食事、

お風呂は階下で息子たちと共有している。

 

ある日、息子に「二人だけで話がある」と言われ、

その話は何とAさん本人が気づかないうちに

一階の廊下に便を落としていたということだった。

しかも二回も続いたというのである。

 

直接話すことができなかった

嫁の立場の弱さもわかるが、

それを言わねばならなかった息子も

さぞかし辛かったのではないかと思う。

せめて娘であれば違ったかもしれない。

 

誰よりも辛いのはAさんである。

それを知ってからAさんは

自分の部屋から出るのも恐怖で、

なるべく歩かないようにしているという。

 

「私は便を漏らしたことも

 全く気がつかなかったのですから、

 ひょっとしたら、今まで外でも

 そのようなことがあったかもしれないと思うと、

 人と会うのが苦痛になってしまいました。

 こんなこと、恥ずかしくて誰にも相談できず、

 今まで一人で悩んでいました。

 

 食事をすると便が出るから、

 なるべく食べないようにしていますが、

 生きているということはやっかいなことで、

 家族の手前、

 何も食べないというわけにはいきません。

 

 こんなになるまで長生きしてしまって、

 早く死にたい」と涙を流された。

 

涙を見て私は「冗談じゃないっ!」と

心底叫びそうになった。

八十年も前向きに一生懸命生きてきた方が、

人生の終盤のたった二回の便失禁で

自分の人生に否定的になるなんて、

絶対に許せないと思った。

 

私は大いに憤慨し

「何とか良い方法を考えましょう」と伝えた。

いつも着物で過ごしてきたAさんは

下着をつける習慣がなく、

そのために起こった悲劇ともいえる。

 

西村かおる著「パンツは一生の友だち」より

 

 

健康な成人女性の三人から四人に一人は

尿失禁を経験しているという

統計結果があるそうです。

 

わたしのまわりにも 

排泄の悩みを抱えている人は多いです。

にもかかわらず なかなか話しづらく 

助けを求める人も少ないのが現状です。

 

排泄ケアナースの西村さんは 

わたしもお世話になりましたが 

とても気さくな方でした。

 

最寄りの泌尿器科でもいいのですが

「コンチネンス外来」という専門外来があれば 

一人で悩まずに 

速やかに受診なさることをお勧めします。