歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

敬う心

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サワコは、姉一家と73歳の母を連れて

海水浴に行きました。

 

母が「みんな、楽しそうだねぇ」と言ったので、

サワコは

「お母さんも海に入ったらいいじゃない」と

勧めました。

母は

「私はこんなに大きなお腹してるから、

 水着が入らないよ」と

恥ずかしそうに手を振りました。

 

「大丈夫。あそこの売店でLLサイズも

 売っているから。 さあ、一緒に買いに行こう!」

サワコは、財布を持って誘いましたが、

母はなかなか動こうとしません。

「お母さん、今日海に入らなかったら、

 今度いつ入れるか分かんないよ。

 これが最後のチャンスかもよ」

 

それを聞きつけた義兄が、

サワコを一喝(いっかつ)しました。

「馬鹿な事を言うな! 何が最後か! 

 何度でも入れる!」

 

サワコはハッとしました。

なんとか母にも、素晴らしい思い出を

作ってほしい一心で言ったものの、

配慮が足りませんでした。 

いつお迎えがくるとも限らない、

というニュアンスを含んでしまっていたのです。

 

義兄は、酒を飲むと暴れる質(たち)で、

サワコはあまり好きではありませんでした。

タクシー運転手という職業も、

軽蔑するようなところがありました。

 

でも、この一喝で、義兄の中にある礼節、

お年寄りを敬う心を知り、

サワコは自分が恥ずかしくなりました。

 

「んじゃ、行ってみるかね」 

母が、よっこらしょっと 重い腰を上げました。