歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

赤信号

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「赤信号も、いいもんだねぇ」 母が言った。

 

カツコは、疲れ切っていた。

 

母の面倒を見ていた姉との諍いで、勢い余って

「私が引き取る」と言ってはみたものの、

テレビを大音響で流し、物忘れもひどくなって、

同じ事を何度もくり返す母に、夫や子どもたちも、

初めの頃の親切をなくしかけていた。

何度も話し合ったあげく、とうとう限界を感じて

施設にあずけることにした。

 

今日は、入所前の 最後のドライブ。

 幼い頃に住んでいた家のある思い出の場所や、

気持ちの良い景色を巡った。

 

いつもはカロリーを気にして出していた食事を、

母の好きな物を好きなだけ食べさせた。

母が「きれいな海だねぇ」と言ったり、

「これ、 おいしいねぇ」と舌鼓を打ったりすると、

カツコも 幸せな気分になった。

 

でも すぐさま、その母を見ず知らずの人々に託す

自分のふがいなさを思った。

ドライブが終わりになるにつれ、

その気持ちがますます重くなっていた矢先、 

赤信号で止まったのだ。

 

「赤信号も、いいもんだねぇ。休めるもの」

 

黄色に変わると、また 母が言った。

 

「ちょっと休んで、気をつけて、行ってらっしゃ~い」