歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

足元の花

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「彼なら知ってるよ。たいした奴ではないよ」

「ああ、近所に住んでるね。ごく普通の人だよ」

「身内だもの。小さい頃から見てるんだ。

 あいつに何ができる」

 

シズオが 物書きをしていると聞いた人々の反応は 

冷ややかなものでした。

 

実際、小さな本を自費出版した以外は、

めぼしい賞をとるでもなく、

ただ淡々と書き続けているだけ。 

それも、身内にとっては、徒(いたずら)に

時間を浪費しているとしか見えませんでした。

 

短期のバイトをしたり、知人の手伝いをして

僅かな金を手にしながら、シズオは書き続けました。 

誰も注目しない中で、期待を背負うこともなく、

思いを素直に表現する事が出来ました。

 

三年後、流行病(はやりやまい)がもとで、

シズオはあっけなく死んでしまいました。

 

葬儀に駆けつけた人の中に、

かつて シズオが旅先で出会った編集者がいました。

たまたま取材で当地を訪れる事になり、

シズオを思い出して連絡してきたのです。

 

皆の話を聞いているうちに、

シズオが書き遺していったものがあると知った彼は、

それらを ぜひ読ませて下さいと願いました。 

ちょうど処理に困っていた身内は、

どうぞどうぞと、編集者にすべてを委ねました。

 

持ち帰って段ボール箱から作品を取り出した彼は、

部屋がすっかり暗くなるまで気づかずに、

むさぼり読んでしまいました。 

そうして、出会った時に感じた 

シズオの類い希なる才能を、確信しました。

 

一年後、シズオの作品が出版され、

またたくまにベストセラーとなりました。

 

その本を手にした ある人々は言いました。

「彼をよく知ってる。たいした奴だったよ」

「近所に住んでたんだ。そりゃ~度々話もしたさ」

「こつこつ頑張ってたよ。身内の誇りだね」

 

 

足元の花に目もくれず 人は 高嶺の百合を指す