歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

落ちた飴

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哲学科出の奥さんを持つ歯医者が、

こんな話をしてくれた。

 

新宿にある伊勢丹デパートへ

買い物に行った時のこと。 

三歳の我が子が、しゃぶっていた飴を落っことした。 

 

クリスマスシーズンでごった返す中、

飴はコロコロ転がって、

宝石の陳列されたショーケースの下で止まった。

子どもは小さな手を精一杯伸ばして取ると、

再び口に入れようとする。 と、その時、

売り場のお姉さんが飛び出してきて 

 

「バッチィからダメよ!」と注意してくれた。

普通の親ならここで

「ありがとう」とお礼しそうなものだが、彼女は違う。

「食べさせてください!」と言ってのけたのだ。

 

店員はびっくりして、信じられないという顔をした。

年が明けるとすぐに、インドや中近東辺りを、

幼い二人の子を連れて親子四人で

放浪するつもりであった。 

 

落ちた飴が汚くて食べられない、

なんて言ってられない世界へ行くのだから、

というのが彼女の言い分。

 

旅に出ると、度胸はますます据わってきた。

バングラデシュの銀行で換金していると、

足元に置いてあったバックを盗もうとした奴がいた。 

大柄な彼女は、

走り去ろうとする男の襟首をムンズと掴み、

面と向かうと、大声で

 

「あんた! 何でこんな事すんの! 

そっちは大変かも知れないけど、

こっちだって困るのよ! だいたいねぇ・・・」

延々と叱りとばしたのだ――日本語で。

その訳のわからない剣幕に押されて、

男は返さざるを得なかったらしい。

なんともユニークで剛胆な人だなあと思う。

 

 

寮で、外国人と一緒になった人の経験談

ある時、部屋に戻ってくると、

ベトナムの友人が腹這いになって雑誌を読んでいた。

近づくと、床に置かれた雑誌はなんと逆さま。

ああ、こいつ、日本語まだ読めねぇんだな。 

と内心笑いながら

「逆さまだよ。 反対」と教えてやった。

 

するとその友人は、静かに見上げて、こう言った。

「君は、裕福な家庭に育ったんだね」

彼は、個人の書物など

ほとんど手にすることが無い環境で育った。

家でも、学校でも、一冊の本を皆で囲む。

だから、どの方向からでも読めるようになったのだ。

 

 

この地球には、様々な人が住んでいる。

知らないが故の恐れを超えて、開かれた心で会えば、

私たちは多くを学び、共感することができる。

なにも外国人に限ったことではない。

傍らにいても関心を示さず、

言葉を交わすこともなければ、

心の中に寒々とした国境ができる。