歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

抱っこ

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シズちゃんは

いつも園長先生に抱っこされていました。

お掃除の時だって、

先生は シズちゃんを抱っこしたまま 

庭箒(にわぼうき)を片手に持っていました。

シズちゃんのお母さんが気を使って

「ほら、だめでしょ。 もう、四つなんだから」

と言うのですが、

園長先生は「いいの。いいの」と、

シズちゃんが望むだけ抱っこしてあげていました。

 

シズちゃんは以前、

三年保育の幼稚園に通っていました。

そこは、とても躾の厳しい幼稚園でした。

食事中はトイレに行ってはいけない。 

おしゃべりもしない。 遊んできたら手を洗う。

道具はキチンと片づける・・・等々。

 

そんな中で シズちゃんは 

度々 幼稚園の先生に褒められました。

言う事をよく聞く 良い子だったのです。

ご両親も 幼稚園に馴染んでいると満足していました。

 

ところが ある日、シズちゃんに異変が起きました。

お母さんが、幼稚園に送って戻ろうとすると、

泣きながら追っかけてきたり、歩きながら、

おしっこを漏らしたりするようになったのです。

 

お母さんは シズちゃんの様子にただならぬものを

感じ、幼稚園での過ごし方をチェックしました。 

そして、ストレスによるチック症状だと判断し、

園を辞めさせました。

 

それから、夫婦でいろいろと勉強して、

伸びやかな保育で定評のある保育園を選んだのでした。

子どもたちも先生も名前で呼びあい、

みんな一緒に泥んこ遊びをするような所でした。

 

初めは様子をうかがうように 

おとなしくしていたシズちゃんでしたが、

怒鳴り声や命令のない環境で過ごすうちに、

だんだん悪さをするようになってきました。

 

ある時は、昼食で運んできた 

おひつの中に 泥を投げ込みました。

たまたま それを見ていたお母さんが

「シズ! なんてことするのよ! 

 みんな ご飯が食べられなくなっちゃうのよ!」

と叱りましたが、園長先生は必要な指示をすませると、

そっとシズちゃんを抱き寄せて

「困ったねぇ」と、言ったきりでした。

 

後で、園長先生はお母さんに言いました。

「目の前で、針を飲もうとした子もいたんですよ。 

 確かめてるんです。 大人が本気で

 自分の事を受け止めてくれるのかどうか。 

 そうされて初めて、

 子どもは安心して独り立ちしていけるんです」

 

たくさんたくさん受け止めてもらったシズちゃんは、

大きくなって、小学校の先生になりました。

「は~い、みなさん。 これは何と読みますか~?」 「ふね~!」 「うま~!」

二年生の国語です。

 

黒板に字を書きながら、泣きそうな子を抱っこしている

シズ先生の姿がありました。