英雄
チエさんは車椅子を使っています。
生まれながら股関節に障がいがあるのです。
どもるので、なかなか思いを伝えることもできません。
けれども、パソコンの扱いは上手で、
メールのやり取りで知り合った人との間に
息子さんを授かりました。
出産も育児も大変困難でした。
加えて、お母さんが心臓の病気で入院し、
その介護もせざるを得ませんでした。
あまりの大変さに、夫婦仲も悪くなり、
夫のDVも加わって、離婚するに至りました。
これでもかこれでもかとやってくる人生の試練。
それでも
「国の補助で新しく快適な電動車椅子になったよ」
と、楽しげにクルリと回って見せたチエさん。
「あなたって、英雄だね」って私が言うと、
彼女は目を丸くしました。
「だって、こんなに大変な山を、
いくつもいくつも越えてきたんだもの」
チエさんは、まるで騎乗のナポレオンのように、
踵を返すと、風を切って、
学童へ息子さんを迎えに行きました。