歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

黙々と働く

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カオリは、7年ぶりに職場復帰しました。

子育てで、休んでいる間、

小さな歯科医院の様子は一変していました。

 

以前から居る人は受付にまわり、学校を卒業したての

衛生士と助手が中を仕切っています。

衛生士はとても美人で、院長のお気に入り。 

助手は、赤毛のヤンキー風。 

 

薬品の種類も、医療器具の扱いも大分変わって、

カオリは戸惑うばかり。

小さなミスをするたびに、

若い子たちが「チッ!」と舌打ちします。

 

ある時などは、聞こえよがしに

「まったく、役に立たないんだから

 ――年寄りはイヤね」とまで言われました。

 

それでもカオリは、黙々と働き続けました。

「なぁに、三ヶ月。 三ヶ月もすりゃ馴れる。 

 なんてったって私はベテランなんだから」

自分にそう言い聞かせて、頑張りました。

 

皆の足手まといになっている分、

掃除を徹底的にやりました。

鍵をもらい、朝一番に出勤しました。

でも、それが裏目に出てしまったのです。

 

受付のお金が無くなった時、一番に疑われて、

鍵を返すように言われました。

それを受け取ったのが旧知の職員だったので、

その時ばかりはカオリも、やりきれない思いでした。

でも、このまま辞めてしまっては、

よけいみじめになるだけです。

 

「自分は何も悪い事をしていない。 負けるもんか」

 

徐々に仕事の勘を取り戻してきたカオリは、

持ち前のバイタリティーで、若い子らに劣らず、

てきぱき動けるようになってきました。

 

お昼になると、美人衛生士は出かけていきます。

いつもインスタントな昼食をとっている

ヤンキー助手に、カオリは手作りの

おにぎりやおかずを分けてあげたりしました。

 

カオリが子どものことで、

急いで帰らなければならない時、

「バイクで送っていくよ」

と言ってくれたのは彼女でした。

 

カオリと親しくなるにつれ、

落ち着いた補助ができるようになっていった

ヤンキー助手とは裏腹に、

美人衛生士の方は、ますます我が儘が募って、

とうとう辞めてしまいました。

 

受付のお金をくすねたのは、

技工士見習いの男の子だということも分かりました。

また盗ろうとしたのを、見つかったのです。

 

かくして、三ヶ月を待たず、

カオリの仕事ぶりは目覚ましく、

患者さんを始めとして、

職員の信頼も厚くなっていきました。

 

「辞めなくて良かった。 自分を信じて、ここまで、

 歯を食いしばってやってきた甲斐があった」

カオリは、つくづくそう思いました。