歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

笑って帰って

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歯科保健指導の目的。

もちろん口の中をきれいにして

虫歯や歯周病を防ぐことです。

しかし、これは三番目。

 

噛み合わせと全身への影響、

他の病気との兼ね合いなどを含め、

健やかな身体づくりが二番目。

 

一番大切な目的は、受診者や家族の幸せです。

だから時には、正しいことよりも、

何がその家族にとって幸せかを考えて指導します。

 

「虫歯が多い子は褒めよ」と言ったら、

実習の学生は目を丸くしました。

虐待が考えられるからです。

 

アメリカのデータでは、虐待を受けている子の

虫歯の割合は通常の三倍、虐待を察した歯科医は

通報する義務があるそうです。

日本でもその動きは出てきています。

 

厳しい指導をすると、家に帰るなり

「あんたのせいで怒られた!」と

子どもを殴りかねません。

 

そうじゃなくても、それだけひどい口の状態だと、

家族や周りの人たちに責められたり、

あるいは親自身が罪責感に苛まれていたりします。

そして、私の所に来る頃には、

大抵どこかの指導で叱られているのです。

 

ある時、涙目のお母さんが

一歳六ヶ月の子を連れてやってきました。

子育てに自信を失い、

疲れ切っているように見えました。

 

「暑くて大変ですね。よく健診に来てくれましたね」

と言うと、ちょっと意外な顔をしました。

 

子どものために健診会場に出向く。

それだけでも、母親としての役目を

果たそうとしているのだから「えらい」

と私は思いますし、母親にもそう伝えます。

 

「素敵な名前ですね。お母さんが考えたんですか?」

そう言うと、少しはにかんで、

こっくりうなずきました。

 

「鈴子ちゃん、リンリン。鈴子ちゃん、リンリン。

 好きだなぁ、この響き。

 なんだか楽しくなっちゃいますよね」

 

そんなふうな言葉かけをしながら、

親の心をほどいていく。

こわばった心には

どんな指導も入っていかないからです。

 

必要とあらば臨床心理士さんにも繋げていきます。

 

子どもを好きにならなければ、という前にまず、

自分を好きになってほしい。

 

100%完璧な親もいなければ、

100%ダメな親もいない。

 

例え20%しかできなくても、今日、

この健診を受けたことによって、30%になり、

家で少しでも実行することができれば

40%になるかもしれないのです。

 

指導は無理をせず、ポイントを絞り、

母親と一緒にやれそうなことを探します。

 

母親の顔に、自覚が芽生える瞬間が嬉しい。

 

子どものためにやってあげることが増えれば、

それが自信に変わっていきます。

 

圧迫を受けず、いい気分で、

何かやれそうな期待を持って帰ってほしい。

 

 「がんばれ!」

母子の背中に小さくエールを送る私に、

 

「あんなに大笑いして、

 いったいどんな指導をしているの?」

別のコーナーを担当していた衛生士が、

怪訝な顔をして聞きました。