歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

おむすび

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ユキオは、この頃バスの中から見かける浮浪者が、

気になっていました。

薄汚れた帽子から白髪がはみ出している

六十から七十歳くらいの じいさんなんですが、

日焼けした腕や ふくらはぎの部分が隆々として、

いかにも元気そうに街中を闊歩しています。

飲み残しのペットボトルを拾い、残飯をあさって、

所構わず寝ています。

 

人って、あそこまで落ちても、生きていけるんだ。 

それに、なんて、自由なんだろう。

 

ユキオは、進路で悩んでいました。

親の跡を継いで医者になるべく予備校に

通っていましたが、この道だという確信が

ありませんでした。 

父親はけして高圧的ではないのですが、

無言の期待を感じて、ここまできてしまったのです。 

しかし、ユキオは、どちらかというと、

絵を描いたり、一人で何か作ったりしている方が

好きでした。

 

毎日毎日浮浪者の様子を見かけるうちに、

ユキオは自分の弱さを思い知りました。

親元でレールに乗っかっていく人生は、楽でした。 

もし、うまくいかなくても、親のせいにして、

すねることもできます。

そうやって、本当にやりたい事を自分の責任でやる 

という怖さから逃げていたのです。

 

ある日、弁当を作ってくれる母親の側で、

ユキオはおむすびを握り始めました。

 

「え~? そんなに食べるの? 

 言えば、足したのに・・・」と、

母親はびっくりしましたが、

「いいんだ。 これは僕が作る。 友だちの分」

 

そう言って、ユキオは大きなおむすびを二個、

決意を込めてギュッギュと握りました。

それに千円を添えて、

あのじいさんに渡すつもりでした。

 

出がけに玄関で振り返って、母親に伝言を頼みました。

「お母さん、今日、帰ったら、ユキオが

 お父さんに話があるそうですって言っといて」