歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

絶対に言わない言葉

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「お母さんは私が嫌いなんだ! 

 出て行けばいいのにと思ってんでしょう!」 

娘のマヨにそう言われた時、

クニコさんは、売り言葉に買い言葉で

「ああ、出て行くなら出て行け!」

と言いそうになりました。

 

マヨは中学になって、ピアスをしたり、

夜遊びをするようになっていました。

「海を眺めて、友だちと話しているだけ。 

 それが、どうしていけないの? 

 他の家の人は、遅くなっても何も言わないのに――」

と、マヨは言い張るのですが、

「うちはうち」と、クニコさんも引きませんでした。

 

今日も、9時過ぎに帰ってきて、また出るというので、

大げんかになってしまったのです。

いつもは、家の中の声でさえ聞こえるご近所を

気にするクニコさんでしたが、

娘を思うあまり、

ついつい声を張り上げてしまいました。

 

玄関を乱暴に開けて出て行こうとするマヨ。

クニコさんは、

言いかけた言葉をぐっと飲み干しました。

そして、かわりにこう言いました。 

 

「出て行くな!」

 

意外な言葉に、一瞬、マヨの動きが止まりました。 

が、勢いで、

そのまま小雨の中に走り出てしまいました。

 

クニコさんは、車で後を追いました。

ワイパーが、キコキコする向こうに、

マヨの姿がありました。

そぼ濡れて 頼りなげな後ろ姿を見ながら、

クニコさんは、心に誓いました。

 

「何があっても、どんな事があっても、

 私はマヨを見捨てない。 

 世間体など どうでもいい。 

 娘が落ちるなら、私もそこまで降りていく。 

 そして、二人ではい上がる。 

 絶対に、絶対に『出て行け』とは言わない」 

 

「戻りなさい!」 「いやだ!」

「風邪引くでしょう、車に乗んなさい!」 

「うるさい!」

 

十分ほども やりあったでしょうか。  

根負けしたのは娘のほうでした。

しぶしぶ車に乗り込みながら

「お母さん、恥ずかしくないの?そんな大声出して、

 通りの人がみんな見てるじゃないの」

 

クニコさんは言いました。

「なにも、恥ずかしくない。 あんたの方が大事。 

 さ、帰るよ!」