歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

マニュアル

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サービスカウンターに立つと、

若い店員が私の顔をジーッと見る。

何だろう?

「あの~、お財布、落としませんでしたか?」

え?

急いでバッグの中を調べると 確かに、無い。

 

ここに来る前に、キャッシュコーナーに立ち寄った。 

きっと、その時落としたのだろう。

「ありがとう! 気づかなかった! 

助かった~! ほんとにありがとう!」

財布の中にあった免許証の顔写真で、

もしや と思ったのだという。

 

私が安堵に包まれて大喜びしているので、

その店員も少しはにかみながら、嬉しそうに、

カウンターの後ろに置いてあるテーブルの方へ行って、

財布を取り出した。

ところが、年かさのいった店員と何やらもめている。 

叱られているようだ。

 

やがてその先輩店員が ブスッとした顔で、

名前やら住所やらを聞いてきた。

 

「ほんとは、お客様が気づいていないのに、

こちらから切り出してはいけないんですよね」

 

「え? だって、すごいことじゃありませんか。 

こんなに大勢いるお客さんの中で、

この人が、免許証の顔と私を一致させるなんて、

これは、奇蹟ですよ!」

 

「それでも・・・警備の人が、

お宅に確認の電話を差し上げるのが決まりなんです」

 

「それじゃ、たとえこの人が気づいても、

みすみす私を帰しちゃうんですか? 

そして私は、また30分以上かけて 

車で取りに来るんですか? そんな・・・」

 

若い店員は、まるで悪いことをしたように、

気まずい雰囲気で立っている。

 

「誉めてあげてくださいよ! 

この人のお陰で、どんなに助かったか。

声掛けてもらって どんなに嬉しかったか。 

このお店には、こんなに素晴らしい

店員さんがいるんだって感動したんだから・・・」

 

言いながら、

その娘さんの気持ちを思って涙が出てきた。