歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

Hey baby  don’t  cry.

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箱つくり

 

 マコは 小学校三年生です。

今日も、気の重いお使いを お母さんに頼まれました。

別居しているお父さんの家に、

生活費をもらいに行くのです。

 

氷屋の前を通ると近道なのですが、

そこに働いている人のガラが悪くて、

マコをからかうので、

わざわざ遠回りをしなければなりません。

 

臭いションベン横町を抜けて行くのです。 

一時間ほどの道のりは、幼いマコにとって、

遙か彼方のように思えました。

 

マコのお父さんは、背広の仕立て業をしています。

工員のナエさんと いい仲になって、

マコたちは追い出されてしまったのです。

 

マコたちが かつて住んでいた家と 

工場が隣り合っていて、

そこにお金をもらいに行くのですが、

入り口には毛むくじゃらの犬がいます。 

 

立ち上がるとマコより大きいその犬は、

「遊ぶのにちょうどいい長さ」の鎖でつながれていて、

いつも挨拶代わりにマコを 

壁やコンクリートの地面に押し倒すのです。

 

ひとしきり「じゃれ合った」後、

やっと奥からナエさんの声がします。

「ちょうちょ、おいで」

 

おっきくて、乱暴で、恐くてたまらないのに、

「ちょうちょ」なんて・・・。

 

それでも、マコは笑ってなくちゃいけません。 

痛くても、つらくても、にこにこして、

「お父さん、こんにちは~」と

言わなければならないのです。

 

お父さんは、「お、来たか」というように 

マコの顔を見ます。

でもすぐに仕事に戻ります。 

 

マコはいつものように工場の壁に積んである

段ボールを取ってくると、小さな手にハンマーを握り、

先の割れるビスを打ち込んで、

背広を入れる箱を作り始めます。

 

前に見習いの人がやっていたのを、

マコも真似して手伝うようになったのです。

見習いの人は

「マコちゃんは、ここのお嬢ちゃんなんだから、

 そんなことしなくていいんだよ」

と言ってくれましたが、お父さんは何にも言いません。

 

外では、夏休みの子どもたちが 

セミ捕りやゴム弾飛びをしています。

窓からのぞけば、

その楽しそうな様子が見られるのですが、

マコはあえて見るまいとするかのように、

首筋に汗をかきながら、一所懸命箱作りをしています。

 

ウ~~~~~。 お昼のサイレンが鳴りました。

 

お父さんは、工員たちの手前、

「マコも食べてくか?」と、一応聞きます。

すると、台所の方から

「人数分しかないよ!」と言う声。

ナエさんは、いつもお茶碗で量って、

工員の昼食を用意するのです。

 

「いいです。 母ちゃんが待っていますから。 

 お父さん、あの、すみませんが・・・」

 

いつもの事なのです。 いつも、

生活費をもらいに来ることが分かっていながら、

お父さんは マコが言い出すまで、

知らんふりしています。

 

それでも、お金をもらえたらいい方です。 

時には、まったく手ぶらで帰したりします。

 その日も、そうでした。

 

マコは、まるで 生活に疲れた大人のように、

がっくり肩を落として、来た道を戻ります。 

さっきより、ずっと遠く感じます。 

 

お母さんになんと言ったらいいのでしょう。

叱られるのも嫌でしたが、

困っているお母さんを見るのは もっと嫌でした。

 

とうとう マコは道ばたにうずくまって 

泣き出しました。

 

その時です。 「ヘイ ベイビィ ドント クライ

と言う声がして、顔を上げると、

アメリカの兵隊さんが立っていました。 

この通りの先には米軍基地があるのです。

 

びっくりするマコの膝(ひざ)に、

兵隊さんはチョコレートをのせました。

そうして、頭を軽くなでてから 行ってしまいました。

 

手のひら二つ分もある 大きな大きな 

ハーシーチョコレートです!

かけらを口にしたことはありましたが、

一枚もらうのは初めてでした。

 

胸にギュッと抱くと、マコは立ち上がりました。

一歩、二歩、三歩っぽ!

とうとうスキップになりました。

 

マコがマコらしく、子どもにかえった瞬間でした。