歌う珈琲屋さん

クラシック歌曲・オーガニック珈琲

不戦勝

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「先生、 来てくれるかなぁ」 

アツシは キョロキョロ見回しました。

 

先週の日曜日 バレーボールの大会に 

三年二組担任の ユカリ先生が応援に来たんだ 

と マユミが自慢していました。 

マユミは さかんに 

「先生 来てね。絶対 勝つからね」 

と アピールしていたのです。

 

アツシも 先生に見てもらえたら 

どんなに 嬉しいだろうと思いました。 

ぶん! と 百人力になれそうな気もします。 

でも 剣道大会の場所は学校から ずいぶん遠いし 

引っ込み思案のアツシの口からは どうしても 

おねだりする 言葉が出てきませんでした。

 

開会式の挨拶も終わり 体育館の四面を使って 

試合が始まりました。 

アツシたちは 三番目に 戦います。

一番目の試合が終わって 

二番目も もうすぐ決着がつきます。

 

「やっぱ 先生 来ないんだ・・・・・・」 

と あきらめかけた時

「遅くなりましたぁ! 駐車場が混んでて 

なかなか 止められなかったのです。試合は?」

 

聞き覚えのある声が アツシたちの待機している

背後の 観客席から聞こえてきました。

「先生 わざわざすみません。大丈夫です  

 これからですから 」 

お母さんの声も聞こえます。

 

アツシは「来たー!」と わくわくしましたが、 

すぐに振り向くのも なんだか 恥ずかしくて

竹刀を 引き寄せるような仕草をしながら 

チロッと後ろを見ました。

 

「アツシー! がんばれ~!」 満面の笑顔で 

大きく手を振る ユカリ先生の姿がありました。

 

張り切って 試合に臨んだ アツシ。  

しかし なんと 相手がいません。  

対戦チームの選手不足でした。

 

こんなことは 初めてだったので 

アツシは どうしていいか 分かりませんでした。

審判に 促されるままに 一人で 礼をし 

一人で 構えて 一人で 帰ってきました。  

 

不戦勝です。

でも 勝ったって ちっとも嬉しくありません。 

せっかく 遠くまで 応援しに来てくれた先生も 

さぞかし がっかりしただろうなと思いました。

 

「アツシー! 良かったねー。勝ちは勝ちだよ。 

 アツシは練習休まず頑張ってきたんだものね。 

 剣道着姿も よく似合ってるよ。 

 とても かっこいいよ。 

 先生も剣道習いたくなったなぁ」

 

アツシは 落としかけた肩を スッと張りました。 

次は 力一杯戦うぞ! と思いました。

先生が 差し入れてくださった ドーナツも 

美味しくいただきました。