強くなりたい
空手をやっていた頃、
道場を出て 駐車場に向かう途中、
私は 見知らぬ人に 呼び止められました。
「 空手をしたら強くなりますか? 」
え? と いきなりの問いに戸惑っていると、
その人はさらに 畳み掛けるように聞きました。
「 あなたのように 小柄な 女の人でも、
襲われた時に 相手を
やっつけることができる? 」
「 いえ、 無理です 」
私は きっぱりと 言い切りました。
「 黒帯になっても? 」
「 十年 二十年やってたら
どうか知りませんけど、
ま、 逃げた方が良いです 」
「 だって、 ほら、 急所を突くと って
―― 殺してしまうのは嫌だけど・・・・・。
私は 強くなりたいの。 強くなって
やり返せるようになりたいのよ! 」
その人は 夫に家庭内暴力を受けていたことを
打ち明けました。
「 私と別れた後、 そいつは
若い女の人と一緒になったんだけど、
また その女にも暴力を振るっているらしいの。
そういうヤツから 身を守るために
空手をやってみようかと思うんだけど 」
「 ん~・・・・・・ 」
小首を傾げて返答しかねている私に
「 じゃ、 健康のため 」 と その人は
動機を追加しました。
健康のため と言っても、
張り切りすぎて ケガすることもあるしな~。
「 相手にやられないため というより、
そもそも そのように暴力を振るう人と
関わってしまう自分というものを
考えてみた方がいいのかも知れませんよ 」
私の意外な問いかけに、
その人は戸惑ったようでした。
「 どういうこと? 」
「 ほら、 弱々しそうにしていると、
いじめっ子が寄って来るじゃありませんか 」
その人は しばらく考えて
「 そういえば、 私は小さい頃からいつも
いじめられていたわ 」 と言いました。
そして いつ 稽古を見かけたのか
「 あなたのように シャンとして
キビキビ動けると
変な人も来ないでしょうね 」
と 羨ましそうに言いました。
「 私が空手をやっているのは 楽しいからです。
楽しんでやっているうちに いつのまにか
丈夫になり 自信もついてきました。
そうすると 周りもなんとなく
そういう人たちが集まって来た
という感じですかね 」
私の話を聞くうちに
その人の顔が 明るくなっていきました。
そして、 改まって自己紹介を始めました。
「 私は この近くに住む ミキ といいます。
もう65歳なんですが、
今からでもできるかしら 」
「 私が空手を始めたきっかけは、
旦那さんを亡くして鬱状態に陥っていた
75歳の方が、 友だちの薦めで空手を始めて
立ち直ったという新聞記事を
読んだことなんですよ 」
「 私は お腹の具合も悪いんだけど・・・・・」
「 私のお友だちは 癌の手術を受けた後も
元気に道場に通っていますよ。
その人にあったペースでやればいいんです。
まずは 見学にいらしたら いかがですか? 」
ミキさんは 面を上げて決心したように言いました。
「 そうさせて いただこうかしら 」
それでは、 今度の金曜日に!
と 手を振り振り別れて行きました。